前回の続きです。
タニムラにはまりかけの頃のワタシに話を戻すと、ある日親友の森田剛君も谷村有美を大好きなことが発覚。
2人ともベストアルバム「WITH(1991.11.21)」、10万枚限定のクリスマスミニアルバム「White Songs(1991.12.12)」を購入し、2人してタニムラにますますはまっていきました。
中学を卒業し高校生になり、違う学校に通い始めて離ればなれになってしまったワタシと森田君ですが、卒業前に一緒にタニムラのコンサートに行くことを約束していました。
そして約束通り「“笑顔”が街にやってくる。~Smile is coming to town~ ツアー(1992.3.29~5.15)」の浦和市文化センター(1992.4.17)に行ったのです。
コンサートというものが初めてだったワタシは大興奮。この日は「OH MY GOD!!」でカウントアップをやったりタニムラメドレーなどの記憶はありますが、興奮しすぎて内容はあまり覚えておりません。
今思い返すと「Pajama Days」を聴けたのはこのコンサートが最後のようですね。
そして2ヶ月後、群馬大学医学部学園祭でタニムラが呼ばれ、群馬県民会館(1992.6.1)でコンサートがありました。
地元群馬でやるのに行かないわけがありません、ということで森田君と参加。この日が発売日だった「ときめきをBelieve」を初披露。感動しました。
さらに2ヶ月後にはコニファーフォレスト(山梨)で「笑顔がリュックしょってやってくる(1992.8.2)」がありましたが、隣県とは言え山梨まで行くのは金銭的に厳しいので断念しました。しかしこのコニファーフォレストがタニムラ伝説のライブになろうとは。行けば良かったと激しく公開する羽目になります。
さらにさらに「秋の味覚ツアー(1992.9.29~11.26)」の桐生市産業文化会館(1992.10.11)にも参加し、ニューアルバム「Docile(1992.12.12)」が発売され、クリスマスライブが日本武道館で開かれ、この年は怒濤のタニムララッシュの年でした。
クリスマスライブ「X'mas Parade'92秋の味覚Tour Special 2DAYS(1992.12.15~16)」はコニファーフォレストで味わった後悔を再び味わいたくないので、頑張って2DAYSの2日目に行くことにしました。
とはいえ学生の身なので、学校が終わってから行くことになります。でも学校が終わってから高崎線でトコトコ揺られて東京まで行ってたのでは間に合いません。
そこでワタシと森田君は学校が終わってから新幹線で行くことにしました。学生なのになんてリッチな。
武道館の席は忘れもしません、1階H列。おお!あんなに広い武道館でH列って事は8列目!!すげー前の方じゃんって喜んでたワタシ達2人は実際に武道館に着いて愕然とします。武道館にはアリーナという存在があったのです。
というような出来事があったものの、コンサートが始まってしまえばそのようなショックな出来事は吹っ飛びました。
1曲目はワタシの一番好きな曲「サンタを迎えに行く夜」、続いて「X'mas Smile」。卑怯なまでの破壊力に感動の嵐。
ふか
始めまして。MovableType導入でさまよっているとここへたどりつきました。
谷村さん、僕も好きですよ!この季節になるとX'masパレードを思い出しますね。
つい先日も、オフィシャルサイト見たりしてました。
F-Shin
Prismは今でも聞きます。
雨の日とか仕事で疲れたとき、気分が暗ーい時に聞いて浸るになるのが好きです。
この人どこ行ったのかなぁっておもむろに検索したら、アップルの原田社長と結婚されていてびっくりしました。
山電
はじめまして。
(1)にもコメントを書かせていただきました。
1992年の4月17日の浦和文化センターでのライブにいらっしゃったようですね。
直ぐ近所にも関わらず超極貧高校生だった私と友人はチケットが買えず、当日は高校の帰りに文化センターの駐車場入口で少しでもライブの雰囲気を楽しめれば・・・とリハの様子を窺い知ろうとしましたが音漏れ、タニムラのお散歩外出等も無く待ちくたびれて「オウっ京浜に新型試作電車が入ったらしいぜ、見に行くべえ!」と、どちらから切り出したかは忘れましたが鉄道マニアでもあった私達は近所に在るJRの車庫に新型電車を見に出掛けてしまいました・・・^^;